町長日記(令和6年)

更新日:2023年12月26日

ファイターズ今年こそ(令和6年4月)

球春到来。プロ野球のレギュラーシーズンが始まった。新庄監督の3年目、今年のキャンプやオープン戦の戦いを見ていると「今年は…」と大いに期待を持たせてくれる。
3月8日、さんさん館で北海道日本ハムファイターズ津別後援会総会が開催され、会員として出席した。この日球団からは、抽選会用の景品を抱えて野球教室コーチの立石尚行さんが来られた。立石さんは、市立船橋高校からNTT関東を経て、1998年のドラフトでピッチャーとして日本ハムから3位指名を受けて入団した。
総会でのスピーチで、現役時代に新庄現監督が選手として入団し、長い脚と漂ういい匂いは、まるでアイドルがやって来たようだったと回想された。新庄監督は2004年から3年間、選手として日本ハムに在籍し、入団時の記者会見での「優勝させる」という約束は、3年目の2006年に自身も初出場となる日本シリーズで見事日本一を達成し引退した。
北海道日本ハムファイターズは今年、球団創立21年を迎えたが、期待される選手がそれぞれ成長し、また入団した。同じ大学出身で3年目になる北山亘基くんには特に活躍して欲しい。彼のグッズも少しずつ集めているが、コントロールが課題のようだ。
後援会の今年の応援バスツアーは、6月22日の楽天イーグルス戦を企画するようだ。今のところ行事予定は入っていないので、まだ足を踏み入れたことのないエスコンフィールドに、ぜひ行ってみたいと思う。
昨年の夏まつりには、関係者の努力でファイターズガールの上村さんと大西さんがやって来た。そしてきつねダンスで会場を大いに盛り上げていただいた。また、少年野球教室やダンス教室も開かれ、津別の子どもたちはそれぞれに楽しんだ。子どもたちの笑顔はまちを明るくしてくれる。
 

続エコチル調査(令和6年3月)

環境省が中心となり「子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)」が開始されて13年になる。この調査は、平成9年にマイアミで先進8か国環境大臣会合が開催され、世界中の子どもたちが環境中の有害物質の脅威に直面していることが認識された。
これを受けて国内ではシンポジウムや懇談会などが相次いで開催され、東日本大震災が起こった平成23年に、妊婦、父親、生まれた子どもを含む約20万人の協力を得て、令和14年までの20年に及ぶエコチル調査が開始された。この調査は全国を15のユニットに分け、その一つである北海道では、さらに札幌、旭川、北見をサブユニットとして進められた。このうち北見は、北見地区定住自立圏内の市町村を対象とし、本町からも30名ほどの町民が協力している。
毎年1回、北見市にある日本赤十字北海道看護大学で北見地区運営協議会が開催され、調査状況の報告が行われている。調査開始後に集められたデータが分析され、研究論文としてこれまでに419本発表されている。今年も大変興味深い報告を聞くことができた。
例えば、1歳半時点の受動喫煙は2歳時のビタミンD不足と関連することが明らかになった。ビタミンD不足は身長の伸びを阻害する(年間0.6センチメートル)可能性がある。妊娠中の母親が発酵食品を多く摂取すると3歳時において睡眠不足のリスクを低減できる可能性がある。妊娠中の母親のたんぱく質の摂取が少ないと3歳時のコミュニケーション能力や問題解決能力の発達に遅れがある。2歳時にインフルエンザワクチンを接種した3歳児は25~42%感染リスクが減った。父親の積極的な育児への関わりが子どもに良い影響を及ぼす可能性があるなど、大変興味深い報告が続いた。
時間がたつのを忘れて聞き入り、津別町民もこうしたお話を聴ける機会があればと思う。

姉妹都市で 繋がる穴水町(令和6年2月)

辰年の幕開けに思わぬ惨事が待ち受けていた。子どもたちはお年玉に喜び、大人たちはおとそ気分で新年を祝い、希望を膨らませていた元日の夕方、石川県能登半島に大きな地震が発生した。この半島の中央部に穴水町があり、震度6強を観測した。
穴水町は平成16年10月17日、南アルプス市と姉妹都市協定を結び、津別町も同日協定を結んだ。南アルプス市は、平成15年4月1日に、八田村、白根町、芦安村、若草町、櫛形町、甲西町の4町2村が合併してできた市である。津別町は企業誘致で旧櫛形町と繋がり、穴水町は旧八田村と繋がっていた。
穴水町は平成3年に「全国穴水さん大会」を開催し、穴水という姓が全国で一番多かったのが旧八田村だったのを縁に、平成5年に姉妹都市を結んだと聞いている。
昨年10月22日に南アルプス市市制施行20周年式典が開催され、議長とともに出席した。その際、吉村光輝穴水町長と親しく懇談させていただいた。吉村町長は、社会福祉法人の理事長で、元町議会議長でもあり、令和4年1月、51才で無投票初当選された。長身で雰囲気はどことなく坂本龍一のように感じた。
そうしたことから、穴水町と津別町は南アルプス市を介した言わば親戚筋にあたる。市との交流は、隔年で小学生の相互訪問や、互いの特産品をイベント時に販売するなど、津別町と同様の交流を行っている。吉村町長は、穴水町は奥能登への玄関口だが、観光客は素通りしてしまう。そのため、「最果てへの入り口」と町をPRし、滞在者を増やす努力を続けていた。
津別町は被災支援の一環として、役場、スーパー、道の駅などに義援金箱を設置した。町長に電話すると、数多い避難所の対応や道路、水道、電気など社会インフラの復旧に全力を挙げているという。今後、南アルプス市とも連携し、できうる支援を行っていきたい。

忘年会と新年会(令和6年1月)

広辞苑を開いてみた。忘年会とは「その年の苦労を忘れるために年末に催す宴」と書かれている。令和2年1月、日本で初めて新型コロナウイルス感染症が確認されて以降3年間、津別町においても忘年会は自粛され、開かれることはなかった。
忘年会の起源は、株式会社越前屋という仏具センターの資料を見ると、鎌倉時代までさかのぼる。優雅に厳かに連歌を詠う年忘れの行事で、江戸時代になって、庶民による現在に近い形になったという。慣例化したのは明治に入ってからで、政府の官僚や学生を中心に賑やかに行われるようになったと書かれている。
また、「忘年会」という言葉が文献に初めて登場するのは、夏目漱石が明治後期に書いた『我輩は猫である』と言われている。
12月に入り、4年振りに開かれるようなった各種忘年会に10回ほど出席した。もう若くないので、以前のように2次会、3次会への参加は自粛しているが、もう少し話がしたいなと思う時もある。
宴会を終えて家に向かって夜の道を歩くと、途中コワーキングスペース「ジンバ」やカフェ「津別珈琲」、ゲストハウス「なんもなんも」にあかりがついているときがある。幸町通りの賑やかだったころを思い出し、そのころには及ばないが、この三つのあかりは心を和ませてくれる。津別町に移り住んだ方たちが、古い建物を改修し、町にあかりを灯していただいていることに感謝したい。
一方新年会は、皇室や政府高官などを招いて皇居で行われる「新年宴会」が元になっている。飲食をともにしながら、仕事始めにあたって気持ちをパチッと切り替える場として開かれる。
1月の新年会への出席は、今のところ5回予定しているが、過度な飲食でさまざまな数値が上がらないよう気をつけたいと思う。

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